MUSICA classics の好意により同レーベルに録音したヴァリッシュの演奏をお聴きになれます。入手不可能な貴重な音源です。これはつい数日前に入手したモーツァルトのソナタ第5番の演奏です。そのあまりの美しさに、どうしても皆さまに聴いていただきたく、急遽掲載しました。録音は1995年、ヴァリッシュ16歳のものです。
ヴァリッシュが選んだ第1夜のプログラムはモーツァルト、R. シュトラウス、ベルクのいずれも初期のソナタを順に並べ、最後にモーツァルトを題材にしたリストの楽しい難曲を置いてフィナーレを飾りながら、全体をモーツァルトで縁取るという実に興味深い趣向が織り込まれている。モーツァルトのK. 281(1775年)は作曲者18歳のときに滞在中のミュンヘンで6曲セットとして書かれたなかの3番目のソナタ。若書きとはいえ、すでに40曲に上る交響曲を完成させ、有名な小ト短調交響曲(第25番)や交響曲29番はこの直前に書かれている。6曲中デリケートな美しさで際立つ。R. シュトラウスのピアノソナタ(1881年)はなんと作曲者16歳の作。20世紀のもっとも刺激的なピアニスト、グレン・グールドがその最後の録音(1982年)に取り上げ、広く知られるようになった。とはいえ演奏会に上せるピアニストはほとんどいない。今聴きなおすと、大きなダイアモンドの原石のような豊かな楽想に驚かされる。同時期の「5つの小品」作品3の驚くべき名演をCD(日本未発売)に残しているヴァリッシュの演奏には大きな期待が募る。ベルクのピアノソナタ(1911年)は作曲者唯一の器楽曲でありながら作品1が記された、音楽史上でも類例のない作品。ここには師シェーンベルクの影響が濃厚に立ちこめると同時に、ベルク特有の甘美なまでの抒情性がすでに顕著に表われている。リストの「ドン・ジョヴァン二の回想」(1841年)はモーツァルトのオペラ「ドン・ジョヴァン二」を下敷きにした作品で、規模の大きさ、技術的難易度から、リストの残した数多くの編曲作品のなかでもひときわ高くそびえる。騎士長の石像の音楽による不吉な序奏部、映画「アマデウス」でもおなじみの「お手をどうぞ」による変奏曲、「シャンパンの歌」によるクライマックスと続き、華やかなコーダにはふたたび石像の音楽が顔を出す。技術面だけでなく、演奏には強靱な把握力と構成力が要求されるが、ナイーブな音楽家にしてヴィルトゥオーゾ・ピアニスト、ヴァリッシュの本領がここで遺憾なく発揮されるだろう。
第2夜には古典派からロマン派へ移行する時期の、豊かな情感にあふれた名曲が並ぶ。しかも、その清澄ともいえる曲構成はヴァリッシュならではのものと思わせる。メンデルスゾーンの幻想曲(1833年)はシューベルトの「さすらい人幻想曲」に範を仰いだ作品で、3つの楽章が続けて演奏される。「スコットランド・ソナタ」の別名のごとく、涼しげな風が吹き抜けるなか、べとつかない感傷と妖精の足音を感じさせるその音楽に、メンデルスゾーン独自の世界を看取することができよう。シューマンの「フモレスケ」(1839年)は、シューマンのピアノ曲で最も有名とはいえないが、最も優れた作品のひとつといわれる。「フモレスケ」はドイツ語で「ユーモア小説」の意、当時の気まぐれな気分の変化を表現した文学の様式で、シューマンはこれを最初に音楽に持ち込んだ。とらえどころのない5つの部分からなるこの曲を、シューマンは「まる一週間というものピアノに向かって作曲し、書き、笑って、泣いて」書き上げたという。本心の等身大のシューマンがここにある。演奏会の最後を締めくくるのは、ご存知、シューベルトの「4つの即興曲 作品142」(1827年)。さりげなく書かれたかのように錯覚させるが、実は作曲者の最晩年になってはじめてもたらされた作品であり、シューベルト独自の、また音楽史上の新分野、「即興曲集」に収められた小品群には、シューベルトの傑出した才能があますところなく発揮されている。いささか手あかにまみれた感のあるこの希代の作品から、ヴァリッシュは新しい命をすくって見せるはずだ。( text by T. T. )