トップページNew Concertトピックコンサート日記アプローズ453自己紹介マリンホール


アプローズ453のお話をさせていただきます

打ち上げ1
2001年10月のパイシュタイナー&遠山慶子 デュオ・リサイタルの打ち上げ。料理は食べ尽くされ、テーブルは片づけられている。ここに写っているのは、演奏者、CD制作会社社長、ステージマネージャー、譜めくり役、ピアノ調律者、アプローズ453のメンバー、それに全国から駆けつけてくれたファンの方々。


打ち上げ2
1997年9月に行われた2日間にわたるブラームス・フェスティバルの打ち上げ。主役はピアニストのヤンドーとヴァイオリンの沼田園子。僕らはほとんど打ち上げでうまい酒を飲むためにやっているようなところがある。これなくして演奏会は終わらない。他のところはどうなってんのかな。運河沿いのこの店はじきに閉店してしまった。


打ち上げ3
1996年2月には今井信子と野平一郎の初共演が小樽で実現した。この演奏会は豊浜トンネル崩壊といういたましい事故の記憶とともに、驚異的な集中力の高さで忘れられないものになっている。今井信子も素晴らしかったが、なんといっても野平一郎のどこまでも透明な泉がこんこんと湧出るかのような音楽は、音楽の底知れない魔力なようなものを感じさせた。ぜひともまた小樽に呼びたい演奏家だ。


 アプローズってなんだ。拍手喝采を意味する英語で applause と綴ります。453ってなんだ。ホームグランド、小樽市民センター・マリンホールの座席数です。というわけで、マリンホールを満席にして拍手喝采を浴びるような演奏会を実現したい、というような意味がそこに込められているわけです。
 アプローズ453というグループができたには、ちょいとした歴史があります。1995年、小樽に待望の音楽ホール(音楽専用じゃないけれども)、マリンホールが完成しました。それまで小樽でクラシックの演奏会といえば、1200席の市民会館か、どこかの大広間のようなところでやるしかなかった。当然、鑑賞するための場所としては環境も音響もいいわけはありません。その年、ちょうどコンサートを開きたいと考えていたアーチストがいたこともあって、完成したマリンホールをさっそく覗かせてもらいました。舞台上の手拍子の音がきれいに響いて驚きました。こりゃいいぞ、とね。で、さっそく1995年11月にハンガリーのピアニスト、イェネー・ヤンドーのリサイタルを開き、大成功。こちらはコンチェルトという小樽の音楽愛好家グループの主催、その前の9月には、高野るみさん主宰のサウンドポストがウェルナー・ヒンク+遠山慶子のリサイタルを開催し、チラシ入れで顔見知りとなった両者はチケット販売で提携するなどしました。次の年からは、演奏会の開催についてコンチェルトとサウンドポストは協力体制を築き上げましたが、これからも続けるなら一本化しようじゃないのとなって、アプローズ453が誕生したわけです。個性の強い者同士が一緒なってうまくやるのは大変みたいですが、僕らが一本化して更なる展開を続けてきている原動力は、音楽に対する愛情の強さでしょうか。
 現在7名のメンバーには半分遊んでいるような人間もいるみたいですが、演奏会を一から作り出すとなれば、結構大変な作業でして、プロの音楽事務所が必要なのもよく理解できます。少なくとも僕は、半分素人だからとメイキング・コンサートで甘えたところがあった。最初の演奏会なんて、受付が終わったら席について会場運営には知らん顔なんてこともしちゃった。考えるまでもなく、来て下さったお客さんにとって、音楽会は音楽会であって、主催者がプロであるかアマであるかは無関係、演奏家にとっても本質的には同じことでしょう。会場運営の甘さが露呈する苦い経験を重ね、2001年10月のコンサートからトランシーバーを使っての会場運営に本格的に取り組み、まだ2回の経験ですがマニュアルも完成度の高いものになってきています。これまでプログラム解説を含めた演奏内容には自負していましたが、今後はあらゆる面で安心してご鑑賞いただけますと自信をもって言うことができます。
 すでに、延べにして20回を越す演奏会を作ってきた原動力の大きなひとつは、音楽を鑑賞する場所としてのマリンホールの音響の良さにあると思います。小樽では他にやる場所がないというのが実態ですけれども、音響が満足できるものでなかったら、ここまでやる気にはならなかった。メンバーにはサントリーホールからウィーンのムジークフェラインまで知っている者が複数いますが、マリンホールは音響面で決してそれらに劣らないという。他のホールでは大抵ボリュームやトーンコントロ−ラーのつまみをいじろうとして思わず手が伸びてしまう僕も、マリンホールではギターやチェンバロでさえ、そんなこと考えたことがない。というより、音楽の響きに包まれる喜びをいつも感じる(演奏が良ければの話しですが)。
 音楽への思い入れはそうとして、財政面の話しを抜きにしてアプローズ453の話しを終えることはできない。この面での僕らの役割は、お客様からお金を預かり、それを演奏家やマリンホール事務室、それに印刷会社やホテルに配達すること。僕はアプローズ453のメンバーは働きに応じて賃金を貰うべきだと思っている。お金とは本来そうしたものであって、賃金を貰うなら、それ相応の責任が明確化されて、プロと呼ばれるにふさわしい仕事が期待されるからですし、そうなると皆が喜ぶはずだからです。しかし賃金を払うと活動が成り立たない、成り立たないものは成り立たないのであって、それでもやりたいならただ働きする以外にない。これって、好きなことを好きなようにやれることの代償だと考えるえるべきなのかも。1度の人生ならそれもしょうがないか。小樽市からの補助金も仰いだことさえありません。制約なしにくれるというならいつでも喜んで貰うつもりですが、向こうも相手にしたくないらしく、知らん顔状態ですから。
 お金の面でちょっとかっこいいこと書いちゃいましたが、コンサートごとの地元企業からの協賛金(札幌市の企業からもいただいています)、これなくしてアプローズ453の活動はあり得なかったことは、はっきり言えます。おそらくこれまでの総計200万円を下らないだろう企業からの協賛金がアプローズ453の活動を支えてくれているのです。このページを借りて、これまで支えてくださった企業の皆さまにお礼を申し上げます。ありがとうございます。これからもまたお願いすることになります。そして毎回チケット販売にご協力いただいいている方々、皆さまの力なくしてアプローズ453の活動の継続はあり得ませんでした。ありがとうございます。今後もよろしくお願いします。

(アプローズ453のとりあえずの代表 田村 敏久)



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