|
| ←以前のトピック |
|
今井信子さんが最初に小樽のマリンホールに登場したのは1996年2月、オール・バッハ・プログラムでチェンバロは野平一郎さん。二度目は97年9月、ヴァイオリンの沼田園子さんとのデュオ、そして記憶に新しい昨年12月は、ゲストに清水まゆみさんを迎えて、リゲティの無伴奏ヴィオラソナタ全曲演奏となった。実はこれらの演奏会、いずれも小樽だけの企画、今井さんにとっては「小樽で演奏するのが、はじめてなのよ」という楽曲が必ず盛り込まれている。いいかえるなら、その時彼女がもっとも熱中している楽曲や演奏法を、小樽の聴衆は一番最初に味見していることになる。 いまや、今井さんのもっとも信頼厚いパートナーである野平一郎さんとは、小樽の演奏会が初共演であった。この時はバッハのヴィオラ・ダ・ガンバ・ソナタの録音を2ヶ月後に控えていて、小樽公演のプログラムはまさにその収録曲。これは後で教えていただいたのだが、どんな楽曲でも必ず収録前に舞台で実演の機会を設けて、聴衆の反応を確かめ、それを録音にフィードバックさせるのが今井さんの取り組み方なのだそうだ。満員の聴衆の集中と熱狂的な喝采に沸きかえった小樽公演は、いろんな意味で今井さんにとって印象深いものになったという。 翌年の沼田園子さんとのデュオでは、モーツァルトの他にバルトークも演奏されたが、これは直前に東京オペラシティでバシュメットと初共演した楽曲。またハルヴォルセンのパッサカリアを演奏したのも初めてだとおっしゃっていた。この時はバッハのシャコンヌを今井さんがヴィオラで弾いたが、ますます思い入れを強くしていたバッハ作品を、バロック弓で奏するという新しい試みもこのステージで実現させている。 「リゲティの無伴奏ヴィオラソナタ全曲を12月にどこかで弾きたいんだけど」と切り出されたのは昨年、PMFが行われていた芸術の森アリーナの楽屋裏でのこと。まわりには東京の音楽事務所関係者も何人かいらしたのだが、その唐突な申し出に一瞬誰もが「え?」という表情になる。「1月の収録前に弾いておきたいの。小樽で」 今井さんは絶妙のタイミングの人だと思う。4ヶ月後の小樽公演を、主催者・マネージメント・レコード制作会社のOKをとりつけて、その場で決定してしまったのだから。こうして思いがけないかたちでもたらされた演奏会で、私たちはリゲティが描く時空の深淵を今井信子のヴィオラと旅し、更に清水まゆみという逸材に出会うことになる。 いつも新しいことにチャレンジしているのが今井さんだ。だから小樽以外のどこでお会いしても、今井さんは「今はじめようと思ってるのはね」とか「こういうことやってみたらどうかなって考えているんだけど」と、必ず新しいアイディアを持ち歩いている。もちろんヴィオラ界のトップランナーとして、新作の初演や録音という取り組みを常に行いながらのことだ。今井さんが開拓し育んだ音楽は、東京をはじめとする世界の名だたる音楽都市で大きな実りを結んでいる。 『あの小樽公演を聴いたのがきっかけで、今井さんのファンになり、ヴィオラっていいな、クラシック音楽っていいなと思うようになりました』というお手紙や感想をいただくと、今井さんが多忙なスケジュールをいとわず、この小樽で7年前にまかれた小さな種に今も心をとめて愛情をそそいで下さることへ感謝せずにはいられない。 12月、今井さんは今年結成したばかりの弦楽四重奏団を率いて日本公演を行う。この春、紫綬褒章を授与された今井さんはとてもそんな年齢には見えないのだが「この歳になってね、これからは主に後進を育てることが自分の大きな役割になっていくと感じるんだけど、その一方で自分の喜びのために演奏したいと思ったとき、どうしてもメンバーを固定した弦楽四重奏団を持ちたくなったの」と、話された。それがこのミケランジェロ・カルテットである。 国際色豊かなメンバーだ。昨年まで毎年末に東京で行われていた、今井信子主催のカザルスホール・アンサンブルでは、今井さんがこれぞと思う名手に呼びかけて多様なスタイルの室内楽を展開していたのだが、ルーマニア出身で第1ヴァイオリンのミハエラ・マルティンはそこに参加していた主要メンバーの一人。ソリストとして数多くの受賞歴を持ち、世界各地で活躍している。今井信子の良き友であり、信頼おける音楽仲間である。チェロのフランス・ヘルメルソンはスウェーデン出身、マルティンのご主人でもある。彼の参加がこのカルテットを現実のものにしたといえるのではないか。「素晴らしい才能と人柄なの」と今井さんは大いに惚れ込んでいる。実演に接するのが楽しみだ。第2ヴァイオリンは当初、今井さんの本拠地アムステルダムのオーケストラ・コンサートマスターが予定されていたのだが、あまりに多忙でスケジュールを揃えることが出来ず、かわりに選ばれたのがスペイン出身のステファン・ピカールである。マルティンと同じゲオルギュの門下生なので、恐らく彼女の推薦ではないだろうか? ソリスト、室内楽奏者、そして優れた教師としての長い経験と実績を十分に蓄えてきた彼らが、音楽家として「弦楽四重奏の偉大なレパートリーを演奏すること」を究極の目標に据えて集結する。この語らいが楽しくないわけがない。 偶然にも日本公演の最初の地が小樽となる。「小樽からスタートするのがいいな。ホールもちょうどいい大きさだし、この町が気に入ると思うわ。それにね、みんなお鮨が大好きなの、絶対小樽で食べさせてあげたいのよ」の約束が叶うわけだ。美味しい音楽も人を幸福にする。食いしん坊では負けない私も、ミケランジェロ・カルテットが供するとびっきりのフルコースを最初に賞味する客になることを心から喜んでいる。453席のマリンホールにどんな響きが満ちるだろうかと想像するだけで胸が躍る。「本当に熱心に私たちの音楽に耳を傾けてくれる、素晴らしい聴衆のいるところ」と、小樽という小さな町を深く印象づけた7年前の演奏会のように、熱い拍手で彼らのデビューを後押ししよう。 アプローズ453 高野るみ ※追記。2004年7月26日から31日までの6日間、小樽朝里川温泉を会場に「ゆらぎの里 ヴィオラ・マスタークラス 2004」が開催されます。講師は今井信子と岡田伸夫。ヴィオラの未来を担う若者たちが集中的にヴィオラを学びながら、地域にみずみずしい音楽を提供することになります。このマスタークラスに関するお問い合せは「ゆらぎの里 ヴィオラ・マスタークラス実行委員会」 <sound@post.email.ne.jp> 宛てへ。 |